多様性のワイナリー「香月ワインズ」
2021年は例年よりだいぶ早い梅雨入りと、梅雨明けが発表されてからも降り続く雨に悩まされた年だった。台風の上陸がなかったのも大きな特徴だ。そのため葉物野菜にはいつもは見られない虫が発生した。例年なら小さな虫は台風で飛ばされていく。自然との関係はいつでも持ちつ持たれつ。時には被害を被る事もある。だが文句を言う人はこの町にはいない。「仕方のないこと」だからだ。自然は私たち人間の力ではどうにもできない。受け入れるしかない。この町の人達は、昔からそうやって、自然と共に生きている。
畑作地帯が広がる綾町の錦原台地に醸造所「香月ワインズ」を構える香月克公(カツキヨシタダ)さんもその一人だ。
お邪魔したのは2021年8月22日。
今期のブドウの初収穫の日。
例年ならお盆前には収穫を終えるところが、今年は線状降水帯の停滞により梅雨明け以降も雨が降り続け、限界まで収穫を待っての今日となった。
天気は朝から快晴!久しぶりに見た太陽の光と青空に気持ちが弾む。
畑ではすでに収穫が始まっていた。
毎年香月ワインズでは初収穫は「収穫祭」として、町外からも参加者を募り大勢でブドウを収穫している。新型コロナウイルスの影響で去年に引き続き今年もスタッフだけでの開催となったがそれ以外にも違ったことがある。
収穫するブドウの状態だ。
うんざりするほど降り続けた雨により壊滅的ダメージを受けた今年のブドウ。素人の私が見ても、黒ずみ潰れてしまっている実が目につく。
「今年は雨がひどかったでしょ~…
ブドウに雨があたると糖度が落ちるから限界まで待ったけど…でももーう限界!こんなに迷った年はないよ!」
そう言いながら手にしたブドウの房の、傷んだ実を丁寧に丁寧に取り除いていく。普段の倍以上に手間と時間がかかる収穫作業。
「綾で出来るんですか」
失礼な質問をしてしまった。香月さんが綾でワイン作りを始めて5年になるのだから、そりゃぁできるに決まっているのだが、こう雨の多い綾では…雨でダメージを受けたブドウを見ていたら心配になったのだ。大きなお世話な質問なのだ。でもそんな質問ができるくらいフランクな雰囲気が香月さんには漂っている。
「作れないことはないだろ~と思ってね。ドイツから帰国する時に、畑もまだ決まってないのに苗買ってきちゃった!」
でもどうして綾に…綾でもワインは作っているけれど、どちらかというと柑橘でブドウの産地というイメージはなかなかない。別の土地を選ぶことも出来たはずなのだ。
「そりゃ~美味しいブドウができる土地なら美味しいワインができるのは当たり前だよね。ただ美味しいワインが作りたいだけならここでやってないよ。僕はみんなで楽しくワインを作るために!ここでやっているんだ。」
その言葉にはっと目が覚めた思いだった。
美味しくないといけない。毎年同じ量が収穫できないといけない。
ワインなど当然作ったことのない私の中に、そんな勝手な「思い込み」があったのだ。恥ずかしいと思うと同時に、「そうか。これでいいんだ。」と、妙に腑に落ちた。
本来ワインとはそういうものなのかもしれない。
豊作でも不作でもどっちでもいい(豊作ならきっとうれしいけど)。
仲間や家族みんなで収穫し、喜び、仕込む。そして出来上がったらまたみんなで、今年はこうだった、あぁだった、なんて言いながらワインを楽しむのだ。最高じゃないか。
香月さんのワインは時に辛辣な批評をされることもある。
「こんなのはワインじゃない」
そう言われる事もあるそうだ。
「一般的には一種類のブドウで仕込んだワインの方が重宝されがちだけどさ、いろんな人間がいるように、ワインだっていろんなのがあっていいと思わない?僕はそれが『多様性』ってヤツだと思うんだ。」
ワインという伝統ある世界の中で、批判すら面白がっている、むしろ批判されたいかのようにも見える香月さんだが、昔からこんな考えだったわけではないらしい。
香月さんは宮崎市出身。小さな頃はお人好しで初めて会った人とも仲良く出来るような子供だったそうだ。20代前半は就職するも続かず、バックパッカーとして世界を旅した。ワインと出会ったきっかけはワーキングホリデー。ワインに興味があったわけではなくたまたまブドウの栽培の仕事があった。そのままワイナリーに就職し、ニュージーランドで醸造家の資格を取得するも、次第に大量生産の現場に疑問を抱くようになる。そんな中、同じ醸造家仲間の勧めで出会ったのがドイツのワイン造りだった。
家族やコミュニティーを基本としたドイツのワイン造りに魅せられ、地元宮崎でも同じ方法でのワイン造りに挑戦すると決意し帰国。
2013年、綾町にて化学肥料・殺虫剤・除草剤を一切使わない、持続可能なブドウ栽培と醸造を開始した。
栽培中はブドウにつくカビを抑えるためのボルドー液さえ使わない。酵母もブドウが持つ野生酵母のみ。多くの醸造所で発酵を促すためにいれる糖分も、香月ワインズではブドウそのものが持つ糖分のみだ。
人の作為的なものが一切入らない、
ブドウの力だけで作るワイン。
そんな「哲学」に魅せられて、香月ワインズにはたくさんの人が集まってくる。
白くモダンでオープンな仕込みスペースで、収穫も選果も仕込みもみんなでわいわいと(コロナ禍以前は)。一般的なワイナリーではありえない光景!
集まってくるのは人だけではない。
殺虫剤、除草剤を使わない香月さんのブドウ畑はたくさんの生き物の住処にもなっている。
香月さんが帰国して8年。
一から創り上げたこの破天荒なワイナリーは、香月さんがはじめに思い描いた通りの"みんなで楽しくワインをつくる"コミュニティーの場となり、たくさんの生き物の共生の場にもなっている。出来上がるワインはあらゆる角度の「多様性」を内包し、、、これはもう、、ワインではなくアートだ。
「楽しみだねぇ」
搾りたての果汁をテイスティングし、香月さんが一言。
普段は甘みの強い宮崎のブドウだが、長雨による日照不足で、普段は残らないキリリとしたリンゴのような「酸味」が残っていた。
すぐに果汁の糖度を測り、糖がアルコールへと変わる時間を割り出す。
恐らくここが醸造家の腕の見せ所で、出来上がりと発酵のイメージがわんさか出てくるのであろう。今までの作業とは違う興奮に包まれた。
「面白いねぇ。今年は面白いのが出来そうだ!」
逆境の中でもとにかく前向きで"楽しめる"男なのだ。(たぶん)
しかし向き合わなければいけない現実もある。
2021年は収穫量が例年の半分という現実。。
それはつまり、出来上がりの本数も半分になるということで、簡単に考えれば、売り上げも半分になる…ということだ。
アーティストであり生産者でありながら経営者でもある香月さんは、その現実を受け大きな決断をした。いつものワインとは別に"町内産の減農薬ブドウを仕入れワインを仕込む"という決断だ。
「やりたいことをやるために。背に腹は代えられない。」
栽培も、仕込みも、これだけこだわっている香月さんだ。苦渋の決断だったに違いないし、間違いなく批判も出るだろうことは私でも分かる。
だからこそ、その決断に"本気"を感じた。
オーガニックという言葉がまだ広く知られていない40年前から化学肥料や農薬を使用せず「安全で美味しい野菜をつくる」ことに取り組んできた綾町。「オーガニック」という言葉はファッショナブルだが、化学肥料・殺虫剤・除草剤を使わない農業はとにかく作業量は膨大で手間と時間がかかる上に不安定だ。香月さんの畑に集まる生き物の中にも、ブドウの成長に害を与える「害虫」もたくさん集まってくる。殺虫剤を使えば害虫はいなくなる。が、無害な生き物もいなくなってしまうため、相当な時間をかけて害虫だけを手で取り除いていく。
持続可能な自然生態系農業はもはや生産者の「生き様」であり、生半可な気持ちでは続けられない。想いだけではどうにもならないこともたくさんあるから、本当に大切なものを守るため、時には自分の意にそぐわない道を選択することがダメなことだとは私は思わない。信頼する生産者なら尚の事だ。
2021年の香月ワインの生産本数は長雨により例年の半分ほどだ。けれどそれによっていつもとは一味違ったワインが出来て、さらに普段は作られないワインも味わうことができるかもしれない!
香月さんの胸中はさておき、一消費者の私としては手に入れる可能性が増えることはうれしい限りなのである。(香月さんのワインは本数が少ないため販売前から予約で売り切れることが多いため酒屋さんに怒られるんだそうです。)
『多様性』は、きっと、あらゆるものを「そのまま」受け止めるということだ。すべてを受け止め、その時の最善を尽くす。
それはこの町に生きる人たちの『仕方のないこと』と同じように思う。諦めとは違う。そのままを受け止める。解決できなくてもいい。毎日を淡々と、できればちょっとした楽しみを大切にして過ごす。それでいいのだ。
さてさて始まったばかりの2022年は一体どんな年になるのか。
そしてどんなワインが出来るのか。
すでに気になって仕方ない。